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前回に引き続き本のPRと連動して、自分がデザイナーになるまでの流れをmixi上で記録した2005年当時の日記を転載します。今回で見習い時代のお話は完結です。この続きは書いておりませんが、独立するまでの話とかも書いてみたいなぁとは思っています。

 

– – – – – – ここから2005年の日記です – – – – – –

 

見習いデザイナー通信 その5「雑用王子」2005年06月03日

バイトを始めて、最初にやっていた事はオフィス内の整理整頓です。棚の中に鎮座していた不要なスライド群や、膨大な雑誌などを少しずつ片付けていきました。それが終わると、秋の出版に向けた画像の収集。それ以外にも頼まれればパネルばりに、シュレッダー、買い出し、お茶だし、電話番までやりました。かなりの雑用王子っぷりです。それらの仕事は今も変わらずやっていますが。

それでも、オフィス内の雰囲気とか、デザインが完成に向かう過程を間近で見れたり、会議やデザインのクリット(デザイン検討の場)に顔を出すことはとても刺激的で、大学では分からない現場というものを体感できました。どんな雑用でも実際の仕事にどこかで繋がっていると思えば嬉しくて、興奮しきりだった事を覚えています。週三回は会社に行き、残りの日は大学の卒論を進めたりしていました。

(そういえば、今思い出した事ですが、本当の初期は週二回のみの勤務でした。でも学校は授業がほとんどないし、暇だったので週二回から三回に増やしてもらったのです。学生生活が終わりに近づいた頃には勝手に週五回、フルに出勤して、学生なんだか何なんだか自分でも良く分からず、周りの人には学生だという事も忘れられてしまっていました。今はまだ学生生活が終わってから二ヶ月しか経っていませんが、自分の中ではもう一年くらい前に卒業していたような気さえします。)

一ヶ月ほど、純正雑用王子として働いていましたが、やっぱりそれだけじゃ少し物足りなくなってきました。その当時、とある大型ショッピングモールのシンボルデザイン開発が行われていて、クリエィティブ部門の人にそれに参加させてもらえないかという事を相談しました。
すんなりとはいかず、マーケティングの仕事に支障をきたさない程度で、「やりたいならやってみれば?」と、なんとかデザインに参加できる事になりました。(つづく)

 

見習いデザイナー通信 その6「二足のわらじ」2005年06月23日
お願いして、なんとかデザイン作業に関われる事になったものの、まだまだ色々な問題がありました。

当時、四年生で授業が少ないと言えど学生の身分なので、週に一、二回程度は学校に行かなくてはなりませんでした。週三回の勤務というのは実はそこから出て来た数字でもありました。また実際問題、建築学科の四年生は10月に卒業論文、1月に卒業計画(設計)の提出が義務づけられているので、気持ちは完全にグラフィックデザインの方向にシフトしているつもりでも、あと二つ残っている建築学生最大の課題の事を考えるとどうも吹っ切れずあいまいな状況が続きました。

また週三回、月水金の勤務なので、関わっているプロジェクトのクリットが火曜とかにあると参加できず、水曜に出社すると全体のデザインの大きな方向性が前回とだいぶ変わっていたりして、その脈絡がうまく汲み取れず、その次回以降、表面的な関わりにとどまってしまう事もありました。

学生がインターンなどで短期集中でガツッと社会勉強をするのがはやっているのは、ある程度の連続した時間の中で仕事の流れを一通り経験できるからだと思います。逆に僕みたいに小間切れの時間の中での経験は、バイトレベルに留まってしまう可能性が高いので、同じ様な事を考えている人は時間と都合の許す限り、どっぷり行っといた方が良いと思います。

10月くらいまで、うまく履きこなせない二足のわらじを履いていましたが、卒業論文を無事提出して少し暇になり、悶々としていた僕は会社との週三回の契約を無視して、頼まれてもいないのに週五回勝手に出社するという暴挙にでました。毎日出る事で仕事の流れが見えて来て、ようやくちゃんとしたデザインの経験ができるようになってきました。

しかし、卒業が近づいてくるにつれ、また新たな不安が沸き上がってきました。
「フリーター」の五文字とデザイナーとしての「お先真っ暗」説、どちらも僕にとっては悩ましい限りのスペシャルな不安でした。(つづく)

 

見習いデザイナー通信 その7「迷走五十三次」2005年07月02日
四月にフリーターになりました。一月、二月、三月はそうとう悩みました。
今のバイト先のデザイナーになる事を決意して、アルバイトでもフリーターでも良いと就職活動も大学院試験も放棄してはみたものの、恥ずかしい話、卒業が近づいて来ると不安で胃が痛くなりました。
やっぱり一年浪人して大学院で建築やろうかなとか、どこでもいいから就職しちゃおうかなとか、山村で籠でも編んで暮らすか、それとも引きこもり?など固いはずの決意をぐらぐら揺らがして、色々考えてました。一月はそれに追い打ちをかける様に、卒業設計(自分で課題設定し、図面や模型を作る)の制作期間で、目の前の一向に進まないヘヴィな課題と、何も見えていない将来のヘヴィな問題のダブルパンチで、頭の中はほぼパニック。徹夜続きの中、半分、鬱のような状態になりました。

瀕死の状態で卒業設計は提出できたものの、ダメージは深く、自分の中にあった頼りないプライドとか自信はほとんど卒業設計に持ってかれました。それでも念願のニューヨーク旅行に行ったり、卒業設計の狂乱のあとを静かにゆっくり過ごしていたら、結局は自分がやりたい事はグラフィックのデザインなんだという事にゆっくりと再度固まっていきました。実力も実績もないけれど、僕がやるべき事はこれ以外にない!とようやく信じる事ができました。何故そのときそう信じられたのかははっきりしません。でも、本当にぶちのめされて、プライドも見栄も失って丸裸にされて、それで逆に物事や自分の思いの核心が少しは見える様になったのかも知れません。
再度決意した後は不安も薄くなり、何やらせいせいした気持ちで大学を卒業し、見習いデザイナーとして働くことを選択し、今はデザイナーになるために日々働いています。 (つづく)

 

見習いデザイナー通信 その8「正式採用!」2005年08月04日
本日、社長から10月からのデザイナー/正社員採用の正式内定が伝えられました!まだ二ヶ月先の事ですが、とても嬉しいです。デザイナーとして、社会人としてようやくスタートラインに着く事が出来ました。この先、今まで以上に大変な事があるとは思いますが、世の中を楽しくするデザイン、生活に根付いたデザインの創出を第一目標として、頑張っていきたいと思います。
最後になりましたが、皆さんには本当に感謝しています。皆さんの刺激なくして、今の僕はなかったと思います。今後ともよろしくお願い致します。

 

見習いデザイナー通信 完

 

※2016年4月追記※
日記上は唐突に採用になり完結となるのですが、見習い(バイト)期間は約1年半でした。
この時点でなぜ採用してもらえたのかを少し書くと、
①見習い期間中、ある企業のロゴが採用になった
②いろいろな方が自分を会社側に推してくれた
③小野があまりにもしつこかった(汗)
ことが大きいのではないかなと思います。

結果を出す、色々な方のお力を借り感謝する、粘り強く辛抱する、どれもデザインをする上で大切なことかと思います。ランドーアソシエイツは常に社内コンペで、デザイナー同士が案を競い合っている環境だったのもよかったと思います。プレゼンの場に案がのるまで半年、初めてロゴが採用になるまでは1年以上かかりました。あの頃のがむしゃらな自分に負けないようにしたいと思います。

 

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