呪術的な何か

デザインの表現には「性格がでる」とか「人が表れる」と言われます。同じお題を与えられても、デザイナーによってその回答は様々です。また、見た目は似ているようでも、ほんの少しの造形の違いが、全くちがう感情を引き起こす事もあります。多くの方がお買い物のときに経験されていると思いますが、ある商品はどうしても欲しくなり、ある商品は全く魅力を感じず見向きもしないという行動は、とても不思議で自分は魔法にかけられた様だと感じてしまいます。

デザインという行為において、どんなに論理的に説明しようとしても、「呪術的」な要素は排除しきれないのではないかと思っています。ここで「呪術的」と言っているのは、いわゆるオカルト的な話ではなく、創作物を介して人が人へ想いを伝える際に、その創作行為に込められ、直接的な表現はなくとも創作物から自然に香り立つ熱量のようなものを指しています。論理的には語りくい、ただしそれを人は感じる事が出来る。そんな事を自分は「呪術的」と言っています。

レヴィ=ストロースは、思考様式の比較という観点から、呪術をひとつの思考様式としてみなした。科学のような学術的・明確な概念によって対象を分析するような思考方式に対して、そのような条件が揃っていない環境では、思考する人は、とりあえず知っている記号・言葉・シンボルを組み立ててゆき、ものごとの理解を探るものであり、そのように探らざるを得ない、とした。そして、仮に前者(科学的な思考)を「栽培種の思考」と呼ぶとすれば、後者は「野生の思考」と呼ぶことができる、とした。参考

学生時代の授業でもよくその名前を耳にした、レヴィ=ストロースは上記のような事を述べているそうです。都合の良い解釈かもしれませんが、レヴィ=ストロースの考えは、クライアントの事を理解する為に、様々な角度からものごとを分析し、ヒントとなる要素を探し出し、そこに個人的な想いも織り交ぜながら、情報をリミックスすることで、新たなデザインを組み立てるデザイナーの事を指している様にも思えました。

もちろん、現代のデザインには科学的な思考や、論理的な分析に支えられている部分も多くあります。ただ、上手くは説明できないけれど無性に人を惹き付けるデザインには、必ずそれ以外の「呪術的」な何かが魅力的な形で宿っているのかもしれません。数値化できないデザイナー個々の体験や知識の蓄積から生まれてくる「呪術的」な側面は、デザインに特別な魅力を生み出す上でとても重要な役割を担っていると感じています。

 

(画像は向井周太郎 松田行正「円と四角」牛若丸 よりイタリアのカモニカ渓谷の岩刻。B.C.3000-2000ころ。)